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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)6287号 判決

原告

中村陽子

ほか二名

被告

興亜火災海上保険株式会社

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告中村陽子(以下「原告陽子」という。)に対し、一〇〇〇万円、その余の原告らに対し、各五〇〇万円及びこれらに対する昭和六〇年六月一九日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五九年六月九日午前七時三九分ころ

(二) 場所 三重県熊野市大泊町国道四二号線二八・五キロポスト先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通貨物自動車(新一一す七七六三)

(四) 右運転者 清水康弘(以下「清水」という。)

(六) 被害者 中村和幸(以下「亡和幸」という。)

(七) 事故の態様 清水は、加害車を運転して、本件事故現場道路を進行していたが、ガードレール及び欄干に加害車を衝突させ、加害車を転倒させ、亡和幸を全身の多発外傷、大量出血により死亡させた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

清水は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保償法(以下「自賠法」という。)三条により原告らの後記損害を賠償する責任があるところ、被告は、本件事故当時、訴外有限会社信和工業所(以下「信和工業所」という。)との間で加害車につき自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していたものであり、清水は被保険者であるから、原告らの後記損害につき、自賠法一六条一項により、二〇〇〇万円の限度で支払うべき責任がある。

3  損害

亡和幸及び原告らは、以下のとおりの損害を被つた。

(一) 逸失利益 四〇五二万二七八六円

亡和幸は、死亡当時満三二歳(昭和二六年一〇月一一日生まれ)の男子で、鱒の養殖、加工品製造の自営業に従事しており、年四〇〇万円余りの所得を得ていたが、現実収入額の立証が困難な者である。そこで、亡和幸は、満六七歳に達するまで三五年間稼働可能であるところ、その間少なくとも昭和五八年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・三二歳男子労働者の平均給与額である三八〇万七四〇〇円の収入があるというべきであるから、これを基礎として、生活費として三五パーセントを控除し、年五分の割合による中間利息の控除をライプニツツ式計算法により算出すると、亡和幸の逸失利益は、次の計算式のとおり右金額となる。

(計算式)

三八〇万七四〇〇円×(一-〇・三五)×一六・三七四一=四〇五二万二七八六円

(二) 死亡慰藉料 九五〇万円

亡和幸の死亡によつて同人が受けた精神的苦痛を慰藉するためには右記金額が相当である。

(三) 相続

亡和幸は、右損害賠償請求権を有するところ、原告陽子は、亡和幸の妻であり、その余の原告らは、亡和幸の子であるから、それぞれ相続分(原告陽子二分の一、その余の原告ら各四分の一)に応じて、亡和幸から右損害賠償請求権を相続した。

(四) 葬儀費 四五万円

原告陽子は、亡和幸の葬儀費として、少なくとも右金額を支出した。

(五) 弁護士費用 五〇〇万円

原告らは、被告が前記損害の支払をしないため、右損害の賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼し、着手金として五〇万円を支払つた他、四五〇万円を第一審判決時に支払う約束をした。

合計 原告陽子 二七九六万一三九三円

その余の原告ら 各一三七五万五六九六円

よつて、原告らは、自賠法一六条一項により、右損害のうち自賠責保険の支払限度額の合計二〇〇〇万円につき、原告陽子は、一〇〇〇万円、その余の原告らは、各五〇〇万円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年六月一九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実中、(七)(事故の態様)を除き認め、事故の態様は知らない。

2  同2(責任原因)の事実中、被告は、本件事故当時、信和工業所と自賠責保険契約を締結していたことは認め、その余は争う。

3  同3(損害)の事実は知らない。

三  抗弁

本件事故当時加害車の運行供用者は亡和幸であり、同人は、自賠法三条の他人に当たらないものである。亡和幸は、自己の経営する仙人堂の商品である活鱒を得意先である三重県熊野市所在の鱒釣場経営の岡健一郎から注文され、清水を交代要員の運転手として雇い、活鱒等を積載して右岡方に販売、納品するため走行中に発生した事故である。したがつて、亡和幸は自己のために加害車を運行の用に供していた者であることは明らかであり、清水は、亡和幸から賃金を受ける約束で雇われた雇われ運転手に過ぎない。

仮に、亡和幸と清水その他の者が共同運行供用者であつたとしても、本件の場合は、その運行目的、運行態様(原告らの主張を前提としても)からして、他の誰よりも亡和幸の方が直接的、顕在的、具体的な運行供用者であり、自賠法三条の他人に当たらない者である。

四  抗弁に対する認否

亡和幸は、新潟県糸魚川市において、鱒の仙人堂という屋号で虹鱒の養殖販売の仕事をしていたところ、前記岡健一郎から活魚虹鱒の注文を受け販売することとなり、昭和五九年六月八日午後、加害車をその所有者新井春雄から借り受け、糸魚川市から熊野市まで虹鱒約四〇〇キログラムを水槽に入れ運送することにした。亡和幸は、活魚の運送であるため急送を要し、かつ長距離運送なので、清水に交代運転を頼み、賃金を払う約束をした。そして、清水を同乗させ、加害車を運転し、前同日午後六時五〇分ころ国鉄大糸線小滝駅裏を出発し、国道一四八号線、高速道路等を経て一般道路に入り、尾鷺市を通過し、本件事故現場に到つた。出発から本件事故発生までの間一一時間三〇分あるが、この間八時間を亡和幸が運転し、三時間三〇分を清水が運転していた。清水が運転していた三時間三〇分のうち本件事故直前の午前三時四〇分から六時二〇分までの二時間四〇分が含まれている。清水が午前三時四〇分に運転する直前、約二〇分の休憩をとり、また午前四時四五分ころ、同五時三〇分ころ小休止をとつている。亡和幸は、自己の運転中、清水に仮眠をとらせ、運転交代に備えさせていた。そして、亡和幸は、午前三時四〇分ころ清水に運転を交代し、七時ころ到着の熊野市内の運転に備えて仮眠に入つたが、本件事故は、その仮眠中に発生した。

長距離運送を二人で交代してなす場合、特に深夜にあつては、一方が運転中、他方が自己の当番に備えて休養、睡眠をとることは、一般的に行われており許されるところである。本件において、亡和幸は、清水には運転不可能な熊野市内の運転を自ら行うため、休養睡眠をとることは長距離運送の安全を期すための必要な措置であつた。交通事故の加害車の具体的運行において、清水は運転者であり、危険物である自動車の運行により生ずべき危険を回避すべく期待され、そのことが可能であるのにかかわらず、本件事故を発生させた直接的立場にあつた運行供用者である。亡和幸は、運行供用者であつても間接的、潜在的、抽象的に運行を支配しているに過ぎない。亡和幸が自賠法三条の他人と認められないとしたら、現代の経済活動において、車両の保有者は、仮眠交代運転を伴う夜間長距離運送を行うことを封ぜられ、著しい不利益を被る。自賠法が交通事故の被害者救済を目的とした趣旨に反する結果をもたらすものである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実中、(七)(事故の態様)を除き当事者間に争いがない。

1  同2(責任原因)の事実中、被告は、本件事故当時、信和工業所と自賠責保険契約を締結していたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、清水が加害車の運行供用者であるか否かにつき判断する。

(一)  成立に争いのない甲一号証、乙一号証から六号証までによれば以下の事実が認められる。

亡和幸は、新潟県糸魚川市において、鱒の仙人堂という屋号で虹鱒の養殖販売の仕事をしていたところ、三重県熊野市五郷町桃峠の鱒釣場を経営する岡健一郎から活魚虹鱒の注文を受け、虹鱒を販売することとなつた。

亡和幸は、昭和五九年六月八日午後、加害車をその所有者である合資会社新井整備工場(以下「新井整備」という。なお、代表者は無限責任社員新井春雄である。)から、二、三日間の使用の対価として、二万円(後払い)で借り受け、糸魚川市から三重県熊野市まで虹鱒約四〇〇キログラムを水槽に入れ運送することにした。そして、活魚の運送であるため急送を要し、かつ長距離運送なので、亡和幸は、交代に運転する者を必要とし、清水をその運転者として雇い、賃金を払う約束をした。

亡和幸は、清水を同乗させ、加害車を運転し、前同日午後六時五〇分ころ国鉄大糸線小滝駅裏を出発した。加害車は国道一四八号線を通り、長野県伊那市から中央自動車道に入り、名古屋から名神高速道路を通り、途中一般道路に入り、再び名阪自動車道料金所から一般道路に入り、尾鷺市を通過し、本件事故現場に到つた。

出発から本件事故発生までの間の時間は一一時間三〇分であるが、この間八時間を亡和幸が運転し、三時間三〇分を清水が運転していた。清水の運転のうち、本件事故直前の午前三時四〇分から六時二〇分までの二時間四〇分がその大半である。清水が午前三時四〇分に運転する直前、約二〇分の休憩をとり、また午前四時四五分ころ、同五時三〇分ころ小休止をとつている。亡和幸は、事故の運転中、清水に仮眠をとらせ、運転交代に備えさせていた。そして、午前三時四〇分ころ清水に運転を交代し、七時ころ到着予定の熊野市内の運転に備えて仮眠に入つた。そして、亡和幸の仮眠中に、清水は、加害車を運転して、本件事故現場道路を進行していたが、過失によりガードレール及び欄干に加害車を衝突させて加害車を転倒させ、亡和幸を全身の多発外傷、大量出血により死亡させた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  右事実に徴すると、清水は、亡和幸に雇用され、亡和幸のために加害車の運転をしていたものであるから、単なる運転者であり、加害車の事故のために運行の用に供する者、すなわち、運行供用者は亡和幸であつて、清水は加害車の運行供用者であるということはできない。そうすると、清水が加害車の運行供用者であることを前提とする原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  ところで、加害車の自賠責保険の被保険者は、保有者であり、(自賠法一一条)、保有者に運行供用者責任が発生する場合には、自賠責保険会社は、被害者に対し、自賠法一六条一項の責任を負うものであるから、念のために、保有者との関係についても検討しておく。

加害車の所有名義人は、信和工業所であるが、実際の所有者は、前記のように新井整備である。そうすると、特段の事情のないかぎり、前記のような新井整備と亡和幸の間の、加害車の貸借の形態では、新井整備をも運行供用者であるというべきであり、亡和幸及び新井整備の共同運行の状態にあつたものというべきである。

そして、共同運行供用者間において、他の運行供用者に対し、自賠法三条による運行供用者責任に基づく損害賠償請求権が発生するため(すなわち、自賠法三条にいう他人であるというため)には、当該具体的運行について、加害者側の運行供用者の運行支配、利益の方が直接的、顕在的、具体的で、被害者の方が間接的、潜在的、抽象的であることを要するものであるが(最判昭和五〇・一一・四民集二九巻一〇号一五〇一頁)、本件においては、前記認定の事実によれば、当該具体的運行について、新井整備の運行支配、利益の方が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、亡和幸のそれの方が直接的、顕在的、具体的であることが認められるから、亡和幸は新井整備に対し、自賠法三条の他人であると主張することはできない。

そうすると、亡和幸に対して、新井整備もまた運行供用者責任を負わないというべきであるから、新井整備の自賠法三条の運行供用者責任を前提として、被告に責任が発生することはなく、また、仮に他に加害車につき運行供用者がいるとしても、亡和幸に比して、当該具体的運行につき、運行支配、利益が、直接的、顕在的、具体的である者がいると認めることもできない。

したがつて、右の観点からも、原告らの請求は理由がないものというほかない。

4  ところで、原告らは、亡和幸が自賠法三条の他人と認められないとしたら、現代の経済活動において、車両の保有者は、仮眠交代運転を伴う夜間長距離運送を行うことを封ぜられ、著しい不利益を被り、自賠法が交通事故の被害者救済を目的とした趣旨に反する結果をもたらすと主張する。確かに、保有者が運転者を雇つている場合、その運転者が事故を発生させ、同乗していた運行供用者が被害者となつた場合には、自賠責保険が支払われず、被害者にとつて(加害者である運転者にとつても)不利益とならざるを得ない。この主張は傾聴に値するが、現行の自賠責保険制度が、保有者の責任を前提として、他人である被害者を救済する制度である以上(自賠法三条、一一条)、現行法の解釈として、右救済をすることは極めて困難であり、その主張を採用することはできないというほかない。

5  したがつて、原告らの請求は、その余の点についても判断するまでもなく理由がない。

三  以上のとおり、原告らの本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

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